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クオリティオブデス(QOD)とは

QODを説明する前に、

クオリティオブライフ(QOL)という言葉をご存知でしょうか?

クオリティオブライフ(QOL)

QOLとは、人が人として、

どれだけ人間らしい暮らしをしているかの尺度です。

QOLで定義される「幸福」とは

健康、良好な人間関係、仕事のやりがい、住環境の快適さ、

教育、レジャー・レクリエーションの観点や、

国家による人権の自由さの保証も含まれますが、

収入や、生活水準とは違い「生きることの快適さ」の概念です。

この考え方を最初に取り入れたのは、医療の分野でした。

「病気は治ったが患者は死んだ」

ということが問題になったのが始まりでした。

これはわかりやすく説明すると、

「がん治療であまりに強い抗がん剤や放射線を使い、

がんはなくなったけれど、

二度と普通の社会生活ができない状態は医療として正しいのか?」

という疑問でした。

ここから、

「治る可能性が低い病気の患者は、

死ぬまでの生活の質の維持若しくは、向上を目指す」

という「緩和ケア」の考え方に進みます。

QOLは、病気のための概念ではない

日本では、QOLの考え方をいち早く取り入れたのが、

医療の世界なので医学用語と思われがちですが、

QOLという物差しは、人の人生の幸福度の物差しです。

「仕事恵頑張ってどんどん出世する」

「のんびりと自給自足で生きる」

これは、人それぞれの価値観の違いだけで、

本人がその生き方に疑問や悩みを持たない限り

QOLは維持されていると考えることができます。

ただし、人は生きる場所によって

人生のターニングポイントが発生します。

「大人になるまでの期間は幸せか?」

「社会人としての生活は幸せか?」

「家族として幸せか?」

「退職後の人生は幸せか?」

これは生きる場所、

主に都市で発生するターニングポイントで、

田舎の暮らしではこのようなターニングポイントは、

あまりありません。

つまり資本主義経済の状況下では、

「お金=幸福」という物差しで考えることが多いのですが、

QOLではこの物差しはありません。

「本人が幸せかどうか」以外は問題ではないのです。

QOLから生まれたクオリティオブデス(QOD)

QODを「尊厳死」と解説する情報が多いようですが、

間違っています。

QODは尊厳死ではありません。

QODとは「死の基準維持」であって、

人それぞれが望む死の形のことです。

不治の病になった結果求める答えの一つが「尊厳死」であり、

これは病気になった結果この選択しかなくなった死の形が

「尊厳死」だということでQODと同義語ではありません。

人は普通に生きていても何かのきっかけで「死」を考えます。

「自分はどんな死に方をするのだろう」

「いつ死ぬのだろう」

「どこで死ぬのだろう」

また、実行に移かどうかはともかく、

「死んでしまいたい」

と考えることもあるでしょう。

人の死は予測できません、

思い描いた死に方はできないかもしれません。

しかし、人は生まれ落ちた瞬間から確実に起きる未来として

「死」があります。

私どもが考えるQODとは、

「思い残すことがないか?」

「つらくないか?」

この二つだと思います。

この二つの条件が満たされることが、幸せな死に方で、

「死の水準が保たれている」ことだと思います。

死の水準を保つ、

必ずめぐりくる死という運命をなるべく苦痛を減らして受け入れる、

これが、終活ソムリエの願いです。

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